母、大病から2年半経って、ひとまず安心へ

仕事から帰ると、母がオレの部屋まで来ていわく、

「半年の検診でよくなった」

と。

へ~、それはよかった!

母が大病を患ったのが2年半前、
その後、病院を変えて化学療法を行なって、
半年の間の治療期間は地獄のような苦しみを味わった。

が、その後の経過は順調そのもの、
ずうっと続いていた2ケ月ごとの検診もOKで、
今日は、主治医の先生から
「次は半年後でいいですよ」
と言われたとのこと。

完全治癒にはまだ間があるものの、
とりあえずは「治ったもどき」の状態と思っていいだろう。
ひとまず安心だ。

近ごろは、趣味のテニスにも完全復帰して、
明日からは、なんと宮崎までテニスをしに出張るらしい。
ま、無理せず楽しんでほしい (^_^)

ー(長音記号2) ー(長音記号2)  「大人の千羽鶴」に参加中。つがいの鶴を被災地宛てに飛ばそう!

父の七回忌法要&食事会

夜勤明けというのに朝10時から父の七回忌法要がはじまる。
そう昨日聞いていたのだが、
いざ今朝になってみると、気がついたら9時だった。
あわててシャワーを浴びていると、
もう妹夫婦と甥っ子たちがやってきた。
坊さんも20分前に来てしまう。
定刻15分前には七回忌法要がはじまった。
なんとも忙しい。

法要自体は20分ほどで終わる。
この坊さんの素晴らしいのは時間をかけないことだ。
短かめのお経を軽く。
お布施の額を時給で換算するとなんたる高給取り!
オレは遠く及ばない (^_^;;;

一昨年暮れから大病をし、とりあえず治った母は、
今日の七回忌は格別のものだったようだ。
次の十三回忌にはいないなどと言っているが、
まだまだ長生きをしてほしい。

食事会は甥の子どもの独壇場だった。
正月に会ったときには赤ちゃんだったヤツが
りっぱに子どもになっている。
2~3年後にはガキに、7~8年後にはクソガキに、
15年後くらいにはワルやド不良になるのだろう。
横で見ている分には絶好の酒の肴だ。
存分に暴れてくれいっ (^_^)

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大団円)亡き父の年金記録に誤りがあった

2008年5月、亡き父の年金記録に7ケ月間の抜けを見つけ、
社会保険庁の相談センターに相談しに行って以来2年2ケ月!

昨日、未支給年金の送金通知書というはがきが届き、
本来母が受け取るべき父の遺族年金の未支給分を振り込んだと。
ここにようやく、父の年金記録問題についての大団円を迎えた。

当初、戻ってきたお金で北海道旅行に行こうと話していた母だが、
昨年末に大病を患っていまはその体力は無く、
折良くというか折悪しくというか、ちょうど産まれた初ひ孫に、
このお金は吸い取られてしまう見込み (^_^)

ま、出て行くことは多いが入ることはほとんどない今、
けっこうまとまった金額が入ったことはめでたい。
今になってしまったことには多々不満はあるけどね (^_^;;;

ビル

[過去の父の年金記録問題]
 大団円??)亡き父の年金記録に誤りがあった
 続々)亡き父の年金記録に誤りがあった
 続)亡き父の年金記録に誤りがあった
 亡き父の年金記録に誤りがあった

大団円??)亡き父の年金記録に誤りがあった

2008年5月、亡き父の年金記録に7ケ月間の抜けを見つけ、
社会保険事務所に修正手続きに行って以来約2年!

遅々とした、そうしていささか的はずれなお役所仕事を経たのちに、
昨日、「時効特別給付金支払決定通知書」と
「遅延特別加算金支払決定通知書」なる、
長い名前の書類が届いた。

読むと、今度こそ、父の抜けた年金記録を修正した上の給付金と、
この支払いが遅延したことでの加算金の額が決まった、
という通知書であった。

微妙な言い方をしているのは、ことここに至っても
肝心なことが抜けている仕事ぶりにある。
今回の通知書は「金額」の通知であって、
いつどこでどうやってこの金額を受け取れるのかが、
書類のどこにも書いていないのだ。

受取方法はないが、この通知に不満がある場合の連絡先の記載はある。
ご丁寧にも、この電話は混雑するとの記載も。
ああぁ...。
わざわざ、電話の混雑を生み出しているようなもんじゃないか。
どこまで続くぬかるみぞ...。
いつになったら、本当に終わるのか。

ビル

[過去の父の年金記録問題]
 続々)亡き父の年金記録に誤りがあった
 続)亡き父の年金記録に誤りがあった
 亡き父の年金記録に誤りがあった

母、半年に渡る点滴治療を終え、検査結果は良

今年初めから約半年、6回に渡って行った
母への点滴治療が終了、先日行った検査の結果が
今日、出た。

ここ数日、緊張していた母、診察室に入るなり、
医師の明るい顔を見て、脱力した様子。
医師は、
「9割方押さえ込んだ。残り1割はどうなるか不明。
 後で暴れ出すこともあるし、二度と出ないこともある。
 2ケ月に一度の検査に通ってほしい」
と。

もし暴れた際にも、今回と同じ点滴で抑えることが可能とも。
すこし安心する。

ただ、この半年に渡る点滴治療で、
母の体力は極限まで落ち込んでいる。
今後は、軽い散歩程度の運動からはじめて、
体力を戻していくことになる。

「趣味のテニスは?」
と、母が医師に尋ねると、
「しばらくはコートに通うだけが無難」
とのことで、
これには、母ははっきりと落胆した。

ま、走ろうにも走れないのだから、
まずは歩くことに慣れていってほしい。
とりあえずめでたしだね (^_^)

病院

母、3回めの点滴を終える。あと3回

母は、昨日今日と3回めの点滴を打った。
主治医の説明によると、あと3回で終わりと。

当初、主治医からは6回から8回と説明を受けていたので、
一番少ない回数で点滴を終えることになる。
経過がいいのか、体力的なものなのか、
あるいは他に理由があるのかは不明。

今日は、付き添いには妹が行っていて、
主治医が説明にきた時には妹は不在だったので、
ツッコミが足りなかった模様。
次回には必ず確認しなきゃな。

2回めの点滴は初回よりは楽だったのだが、
それでも、日によっては立ち上がるのも億劫な日があった。
3回めと次回以降がもっと楽だといいのだけど。

病院

母はとりあえず安定した

風邪を引いて熱が38度5分まで上がった母だったが、
医者からもらった薬を飲むと、
とりあえず安定した。

新型インフルエンザを心配したのだけど、
そうではなかったようだ。
ひと安心。

食欲もすっかり戻って体力を回復しているが、
週末には2回めの点滴が待っている。
2回め以降は初回よりは楽、
という医者の言葉に期待するしかないね、いまは。

病院

母、風邪を引いてしまう

昨日の通院日、2回目の点滴と思ったら、
診察だけで点滴は来週とのこと。

1回目の点滴後、もっとも身体の抵抗力が弱くなる時期なので、
採血をして身体の状態を確認しようという意味での
診察だったのだ。

で、久々に外の空気を吸って、
ついでに風邪の菌ももらって、
おまけに身体の抵抗力が最弱な時期ということで、
母は風邪を引いてしまう。

今朝は寝ついたままで朝食にも起きずじまい。
昼ごろ、医者からそういう時のためにと
用意されていた薬を飲んだら、
夕方からやっと歩けるようになったらしい。

オレも妹も、今日は妹宅でパソコンをつついたあとここに行ったので、
帰宅後に母に声をかけると、
昼食はてきと~に食べたと。
悪いことをしたなと夕飯の用意をするも、
母は食欲がない。

始終一緒にいることはできないが、
そこそこは一緒にいなきゃなぁ...。
タイミングが難しい。

病院

母、がぜん、食欲が戻る

化学療法の点滴を受けての10日間、
母の食欲は細る一方だったのだけど、
昨日の夕方から、俄然、食欲が戻ってきた。

とはいえ、オレは昨夜は夜勤だったので、
母の言うことを聞くだけだ。

母いわく、
「昨日、急にたこ焼きが食べたくなったので、
 スーパーで冷凍たこ焼きを買ってきて食べた」
と。
たこ焼きだけでなく、買い置きのハッサクも完食したという。

お~、自分で買いに行ってまで食べるとは素晴らしいっ!

で、今朝は早くから自分で朝食の用意をして、
オレが起きる前に、さっさと1人で食べている。
昼も同じ。

けど、明後日には2回目の点滴がある。
初回よりは楽だという話だが、
せっかく戻った食欲だけに、
もうすこし続いて体力を回復してほしい気がするな。

レストラン

母は、なぜかトマト&トマト味なら食べられる

退院後、化学療法の影響で
母の食欲は減退の一途だったが、
昨日あたりから徐々に食欲が回復してきた。

ただ、味覚が大きく変わった。
前はほとんど食べなかったトマトとトマト味が
いまの体調に合うようで、
朝はトマトサラダにお茶漬け、
昼はスパゲティ・ミートソース、
夜は素麺と汁にトマトを刻み込む、
といった具合。

トマトなら食べてくれるので、
こっちも作りがいがあるというもの。
とはいえ、オレのトマト料理にはすぐに限界が来るので、
この先どうしようと悩むことしきりだ。
ここを駆使して乗り切るっきゃないね (^_^)

レストラン

母の日変わりの食欲の変化に翻弄される

昨日退院した母、昨日はすこぶる元気だったが、
今朝は、どよ~んとした空気からスタートした。

朝一で水を飲んだら、いきなり戻してしまった。
気分が悪くて、何も口にできない。
昨日の退院後にばかばか喰ったメロンパンも
今日はまるっきりダメ!

医者の、空腹時に気分が悪くなるかも、
という言葉を思い出すが、何もできない。

が、1時間くらい経ったら楽になったらしく、
「おむすびが食べたい」と、
母自ら、むすびを作って食べた。
りんご半個に野菜ジュース1杯も。

要は、本人の欲しいままに食べさせるに限る。

が、買い物にいく際ににリクエストを受けた野菜炒めも
実際に食べる際には、においをかいだだけで
拒否されてしまった。
作ったヤツの腕の問題かもね (`_`;;;

う~む、難しい。

病院

母の治療は順調、今日、退院へ

一昨日、昨日と違う種類の点滴を受けた母、
一昨日よりも昨日の方が辛いだろうと
医者の前説があった。

が、一昨日の夜に8度5分まで体温が上がったのを最高に、
昨日はほぼ平熱のままで、
気分が悪くなることもなかった。

今朝、母から
「体調がいい。これから朝食を食べ昼前に退院予定」
と上機嫌のメールが届く。

ひとまず、ひと安心といったところ (^_^)

もっとも、3週間ごとにあと5-7回、
同様の点滴を受けなくてはならないし、
今回の点滴がもっとも効果が出る(体調が悪くなる)のは
じつは約10日後なので、
ほんのつかの間の安心だろう。

ま、でも、ずうっと深刻で暗かった母が
これだけ明るいのは珍しい。
いまは素直に喜ぼう。

病院

母の治療初日が終わった

朝10時に体温と血圧のチェックがあって、
その後、薬の点滴がはじまる。
30分おきに看護師がやってきて、
体温と血圧のチェックを行う。

6度4分、7度1分、7度4分...、と
徐々に体温が上がっていく。
それに伴って急激な悪寒。
吐き気はなさそうだ。

約6時間、思ったよりも軽い感じで初日は終了。
医者によると、
「これから約10日で白血球が最小になるので、
 その頃がもっとも苦しい」
と。

まさに、これからがはじまり。
とりあえず、治療初日が終わった。

病院

母、再入院して治療へ

昨日(1/12)、CT検査に行った際に
「明日(1/13)から入院してほしい」
と言われ、今日から入院することになった。

CT検査の際に、心臓も調べますってんで、
エコーと心電図の検査も受ける。
心臓の弁の動きがいまいちなのだという。
もっとも、
これからの治療には耐えられるだろう、とも。

3泊4日の予定で治療に入る。
薬剤を点滴で入れて様子をみる。
状況が良ければその繰り返し。
3日連続の点滴後に退院する。

退院後も体調の確認をして、
すこしでもおかしかったら連絡をしてほしいと。
薬の副作用は、この第1回の点滴で大勢が決まるらしい。
だもんで、しつこいぐらいに様子見をする。
これからはじまる。

病院

母の内視鏡検査では、大きな異常はなかった

本格的な化学療法に入る前に、
内視鏡検査とCT検査がある。
今日は内視鏡検査を受けてきた。

朝一9時の予約だったが、
検査に入ったのは10時過ぎ、終わったのが11時前。
主治医から外来に顔を出してくれと言われていたので、
待合いでひたすら待つ。

ようやく12時半を過ぎて呼び出しを受ける。
「ポリープが見つかったので組織検査に回した。
 見た目には良性だと思う。
 いまの患部とは関係ないだろう」
とのことで、すこし安心する。

ただ、年始は入退院が多いため、
まだ正確な入院日が確定しないとも。
できるだけ早く治療を開始したいのだけどね (`_`;;;

病院

ひとまず退院した母、別病院での治療へ

12月16日に手術をした組織検査の結果が、
一昨日(12/24)、出た。

じつは、母は県外の病院で入院&手術をしたので、
今後の治療は自宅近くの、やはり専門病院ですることに。
その病院の相談コーナーに母の検査結果を持ち込んだら、
「1度診てみましょう」
となり、昨日、その病院に行った。

ただ、時期が悪いのはどの病院でも同じ。
化学療法が中心となる治療は年明けになる見込みで、
昨日はまず入院の予約を行った。
そうして、いくつかの検査と今後の治療方針の説明を受ける。

かなり進行してはいるものの、
薬が効きやすいという母の病気は、
今後、まさに病気と母との闘いになる。

外見上まったく以前と変わらない母を見るにつけ、
母の身中に巣食うものの存在は不思議でならない。
が、各種のデータは事実を物語る。
これからが闘いだ、母も家族も。

病院

続)母が急きょ入院、来週手術へ

入院して2日。
いくつかの検査を経て、
母の病状がかなり深刻なものであることが判明した。

え、え、え!
つい先月まで、
彦根や宮崎や草津にテニス三昧の旅行をしていたのに、
いきなりこんな事態に陥るとは!
あまりの落差に付いていけないっ!

担当医は、初診でみたときと比べると、
検査結果は極めて悪い病状を示していると、
冷酷に事実だけを伝えていく。

その説明を白く固くなって聞いている母。
こちらは涙をぐっとこらえながら聴く。
一言も聴き漏らさないように。
けど、耳をふさいでしまいたい重い事実が突き抜ける。

一般に、医者は最悪のケースを話すものと
無理やり自分を納得させる。
担当医の示す細い希望の糸に、
たぐるようにすがりつく自分を感じる。

はたして、今回の手術は意味があるのだろうか。
いたずらに母の体力を使い果たすだけではないのか。
ふとこの思いがよぎるが、
すでに、来週の手術へと賽は投げられている。
細い希望の糸をたぐっていこう、いまは。

病院

母が急きょ入院、来週手術へ

母は、数年前から某大学病院で腫瘍の疑いを受け通院していたのだが、
1年前、担当医からしばらく来なくていいと言われた。

先日、母が人間ドックを受けたところ、
「ちょっと腫れてますね」
と、前に疑いのあった箇所の指摘を受けた。

さぁ大変と某大学病院に行くと、
来なくていいと言った医者は別の病院に転勤してて、
代わりの医者は「すぐに手術が必要なレベル」と言う。
ただ、年末のため即座の手術は難しいと。
1年前のカルテには疑いが濃い旨書いてあるので、
来なくていいとは言わない筈とも。

じゃあ、なぜ当時もらっていた薬も止めたんだ!?
とクレームを入れたが、代わりの医者は答えられない。
おまけに、
「上司に相談して今後の方針を決める。上司は来週まで来ないので、
 手術をするのは早くても来月以降になる」
の一点張りで埒があかない。
役所かここは!?

ネットサーフィンでその筋の専門病院を見つけ、
今日、診断を受けたら、そのまま入院し来週の手術と相成った。
深刻度が低いのが幸いで、術後1週間で退院できる見込みと。

某大学病院の対応は、まるで、
病気を重くしてから治療して治療費をがっぽりせしめよう、
としているかのようだ。

が、このいまいましいことは忘れて、
いまはまず、母の治療と看病に専念しよう。

病院

続々)亡き父の年金記録に誤りがあった

2008年5月、亡き父の年金記録に7ケ月間の抜けを見つけ、
社会保険事務所に修正手続きに行った。

約9ケ月後の2009年3月に社保庁から正しい年金記録の回答があり、
抜けていた期間が埋まった。
が、その回答には、正しい年金記録に基づく
正しい年金金額の記載はなかった。

けど、ようやく今日、正しい年金金額の通知が届いた。
抜けていた期間分を埋めた正しい年金金額合計と
いままでに受け取った金額の合計との差額を支給してくれると。
母にとってはちょっとしたボーナスだ (^_^)
また、次回からの年金は正しい金額で振り込まれる。

最初に相談に行ってから1年4ケ月、
ようやく決着をみた。
亀さんスピードながらも、社保庁さん、
きちんと仕事をしているね。

ビル

[過去の父の年金記録問題]
 続)亡き父の年金記録に誤りがあった
 亡き父の年金記録に誤りがあった

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